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2016年2月7日日曜日

❖1月映画会の報告


 よしかわ憲法サロンでは、1月23日(土)、市民交流センターおあしすにて、 映画「9条を抱きしめて」の上映会を行いました。参加者は約20名、広報誌等を見て初めて参加された方も数人いらっしゃいました。小学生のお子さんといっしょに親子での参加もありました。
上映会のあと参加者で感想を話し懇談しました。      

 

映画「9条を抱きしめて」の内容

  貧困生活から逃れるため、アメリカの海兵隊に入隊したアレン・ネルソンさんは、ベトナム戦争(1960~1975)の最前線に送られ、数多くの過酷な体験をしました。除隊後、沖縄を再訪し、日本国憲法の9条を知り、その素晴らしさに胸を打たれました。枯葉剤の影響で亡くなるまで何度も日本を訪れ、平和を願う多くのメッセージを日本の人々に残しました。

 

心に残った映画の中の言葉

ネルソンさんの言葉より

 ❒「 1996年に日本の憲法を読みました。これこそ人類が持たなければならないもの。そうしなければ、人類は滅亡してしまうだろうと思ったのです。日本の憲法というだけでなく、私達の生きるべき道を示しているのです。」

 ❒ 「平和憲法は日本人が考え出したものではないとか、アメリカ人に与えられたものだと言う人がいます。しかし、誰にもらったかは問題ではありません。たとえ宇宙人がくれたものだとしてもこれは全人類にとって大切なものです。問題は今、平和の理念が置き去りにされようとしていることなのです。」

 ❒「日本の皆さんは憲法に9条があることの幸せに気づくべきだと思います。アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、オーストラリア、中国、韓国の子どもたちは皆戦争を知っています。子ども達の顔を見れば分かります。日本の子ども達は、それらの国の子ども達と違って戦争を知らない顔をしています。それは憲法9条が戦争の悲惨さ、恐怖や苦しみから皆さんを救ってきたからです。」

❒ 「ご存知のように多くの政治家が憲法から9条を消し去ろうと躍起になっています。断じてそれを許してはなりません。皆さんと皆さんの子どもたちは、これまで憲法9条に守られてきました。今度は皆さんが9条を守るために立ちあがり、声を上げなくてはなりません。」

 佐野明弘さん(石川県加賀市 光闡坊(こうぜんぼう)住職 ) の言葉より

❒ 「9条は正義から創られたというよりも、悲しみから生まれてきて、そして二度とこんなことは繰返したくないという願いと誓いになったのですね。その裏側にはやはり悲しみがあるのです。アレンさんはいつも平和は国連やアメリカが創るものではない。この部屋の皆さん、ここから平和は創られるのだと言っていました。」
 ※ネルソンさんのお骨は光闡坊に納骨されています。
※佐野住職はネルソンさんが日本各地に平和を願うメッセージを届けてきた遺志を受け継
ごうと「アレン・ネルソン ピースプロジェクト」を立ち上げました。

参加された皆さんの感想や意見

❒戦争に正義の戦争はなく、殺し合い。小学校時代の先生が涙ながらに「戦争は人の心が壊れる。 そのことが一番怖い」と言った言葉が今でも忘れられない。

 ❒伯父は戦争で左腕をなくして帰ってきた。叔母は三人の子どもを亡くし、頭を坊主刈りにして命からがら満州から帰ってきた。安倍首相の祖父岸信介氏は満州国の高官であったが、戦争が厳しくなる前に日本に帰ってしまった。戦争でひどい目にあうのは一般の庶民。

❒ 子ども達を戦前のように「お国のために奉公しなさい」という(軍国)教育をする動きは、もう10年以上も前から、政権側が用意周到に進めている。「道徳の教科化」は今春から始まるが、教師は何をどう教え、どう評価しろというのか。

❒上からの命令に従順な生徒が良い評価をうけるようになるのではないか、とても心配。

❒子どもの頃、親父に「何故、戦争をとめられなかったの?」と聞いたら、「仕方がなかったのだ・・・」  という答えだった。。安保法が通って、これから日本は戦争する国になっていくだろう。自分も子や孫に 同じように質問されたら、同じように答える時が来てしまうのだろうか。

❒“沖縄の基地はアメリカの植民地”。これがアメリカ軍部の考え方。沖縄の苦しみを我々は日本   全土の問題としてとらえなければいけないと思う。

❒今の日本は、戦争が着々と準備されている状態と思う。言わば戦中。

❒映画を見た後、小5の娘と「戦争はイヤだね、怖いね」と話しながら帰りました。

参加されたみなさん、ありがとうございました。

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