日時/場所: 2016/2/20 (土) 13:30 ~ 16:00 おあしす
内容: 「日本国憲法は本当に押し付けられたのか? -戦後日本の出発と憲法制定」その(3)
講師: 柴山 敏雄さん
講義内容の要旨1. 前回までの振り返り
「ポツダム宣言」
・日本の軍国主義の権力、勢力の一掃 ・日本軍の完全武装解除 ・民主主義の徹底
・言論・宗教・思想の自由、基本的人権の確立 ・平和的傾向の責任ある政府の樹立
ポツダム宣言には、日独伊のファシズム・軍国主義の凶暴な侵略戦争に対する反ファシズム、自由と民主 主義を求める国際社会の強い意志が反映していた。
ポツダム宣言受諾は、明治憲法の改正、新しい民主主義憲法の制定が避ける事のできない条件でした。
「日本の憲法改正の動向」
・政府の憲法問題調査委員会(松本委員会): 明治憲法の域を出られず、“国体護持”に固執。
・憲法研究会の「憲法改正要綱」:日本国憲法の基本的な原則をうたっており、GHQ案にも影響を与えた。日本国憲法が押し付けられたものでないことの証(あかし)の一つ。
「GHQの憲法草案の提示」
憲法問題調査委員会試案があまりにポツダム宣言の意向から離れているため、GHQ案を作成し提示した。
2. 日本国憲法公布までの流れ
1945.10.4 マッカーサー、近衛文麿に憲法改正を示唆。「人権指令」(第1回報告参照)
1945.10.11 マッカーサー、幣原首相に憲法改正を示唆。「五大改革指令」(第1回報告参照)
1945.10.25 政府、「憲法問題調査委員会」設置。委員長:松本蒸治。松本委員会
1945.11.5 [憲法研究会] 初会合。(知識人グループ 高野岩三郎、鈴木安蔵等)
1945.12.26 [憲法研究会]、「憲法草案要綱」を政府に提出
“日本国の統治権は日本国民より発す”:国民主権。 “国政の一切の最高責任者は内閣”
“労働権”、“休息権”、“芸術、学術、教育の自由と保護”、“男女平等の保証”、
“生存権。国民は健康にして、文化的水準の生活を営む権利を有す”⇒ 憲法25条に通じる。
この「憲法草案要綱」はGHQに大きな影響を与えた。
1945.11月~1946.2月 各政党の憲法改正への取組
・日本共産党: 天皇制廃止、人民主権 (1945.11.11)
・自由党 : 天皇は統治権の総攬(政事、人身を一手に掌握すること)。天皇は万世一系(永遠に同一系統が続くこと) (1946.1.21)
・進歩党 : 天皇は憲法の条規に従い統治権を行う。 (1946.2.14)
・社会党 : 主権は国家(天皇を含む国民共同体)に在り、統治権は主要部が議会に、一部が天皇に帰属し、天皇を存置する。
※自由、進歩、社会の各党は、いずれも国民の主権をうたわず、天皇の統治権を認めた。
1946.2.1 毎日新聞、政府案である「憲法問題調査委員会試案」を報道。
1946.2.4 ホイットニー民生局長、民政局憲法起草委員に、「マッカーサー三原則」を示し、「今後、憲法制定会議の役を務める」と指示。
マッカーサー及び民政局は、政府の「憲法問題調査委員会試案」が明治憲法の一部を修正したものに過ぎないことを知り、失望。GHQ自らが憲法草案を示すことを決意した。
マッカーサー三原則: ①天皇の職務・権能は、国民の基本的意思に応えるものとする。国民主権
②戦争の廃止、交戦権は与えられない ③日本の封建制度の廃止
1946.2.8 松本国務大臣、GHQに「憲法改正要綱」を提出。
1946.2.13 ホイットニー民政局長、吉田外相・松本国務大臣にGHQ案を手わたした。
ホイットニーは次のように伝えた。「この案の諸規定が受容れられるなら、天皇は安泰になるでしょう。最高司令官はこの案の諸原則を国民に示すべきであり、それをあなたがたがすべきであると考えています。」
1946.2.22 GHQ案の受入を閣議決定。
1946.2.27 GHQ案を参考に日本案作成(松本国務大臣、佐藤法制局第一部長)
1946.3.5 日本案を「憲法草案要綱」として発表することを閣議決定
1946.3.6 「憲法草案要綱」発表。翌日新聞に公表。国民に知らされる。
1946.4.17 口語体の「帝国憲法改正草案」を公表。
1946.5.13 極東委員会、憲法採択の三原則を決定。①十分な審議 ②明治憲法との継続性の維持 ③日本国民の自由な意思の表明であること
1946.5.22 吉田内閣成立
1946.6.25 「帝国憲法改正草案」、衆議院に上程。帝国憲法 改正草案の審議が開始。
1946.6.28 憲法草案審議、衆議院本会議から特別委員会(委員長 芦田 均)に移る。
1946.8.24 衆議院、「帝国憲法改正案」を修正可決。
1946.10.7 「日本国憲法」、帝国議会を通過
1946.11.3 「日本国憲法」公布
1947.5.3 「日本国憲法」施行
3. GHQ案提示後の動き
GHQ案の日本化。GHQと政府(松本国務大臣、佐藤法制局第一部長)の折衝。30時間。1946.3.4
口語体として「日本国憲法改正草案」が発表された。1946.4.17。
憲法草案に対する反応
自由党、進歩党、社会党:賛成、 共産党:反対。(天皇制の廃止、勤労人民の権利の具体的明記を提案)
学者・文化人。宮沢俊義:賛成。 宮本百合子:主権在民なのに天皇制がある。
鈴木安蔵(憲法研究会):批判した。(天皇即位の議会承認不備、労働者の生存権規定不明確等)、
国民(毎日新聞世論調査 1946.5.27): “象徴天皇制”賛成 85%、 “戦争放棄”賛成 70%。
憲法審議始まる。6月25日から109日間、衆議院、貴族院で審議。
極東委員会の「新憲法採択三原則」(上記1946.5.13参照)の決定により、新憲法の条項の徹底的な討議 と検討が保証された。マッカーサー「十分な審議を尽くすよう声明」。(1946.6.22)
国民主権の明記(憲法草案から日本国憲法への変化)
憲法条項
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憲法草案
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日本国憲法
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憲法前文
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ここに国民の総意が至高のものであることを宣言し、この憲法を制定する。
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ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を制定する。
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憲法第1条
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天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、日本国民の至高の総意に基づく。
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天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する国民の総意に基づく。
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「戦争違法化」の流れのなかで生まれた憲法9条。不戦条約(1928年) → 国連憲章(1945年)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、 これを認めない。
芦田修正(憲法草案から日本国憲法への修正)
日本国憲法作成のため審議し検討した衆議院特別委員会(上記、1946.6.28参照)の芦田委員長は、憲法 9条第2項の冒頭に「前項の目的を達成するため」と入れた理由は、「戦力を保持しないというのは絶対ではなく、侵略戦争の場合に限るということ。自衛権の余地を残したいとの考えから出たもの」と毎日新聞(1951.1.14)、東京新聞(1956.3.30)に述べた。このことは、国会の速記録に記録されているとも述べた。しかし、速記録には「前項の目的を達成するため」と入れた理由は、「国際平和を希求し」という言葉 を1項、2項に書くべきところ繰返しを避けるために入れたとしか書かれていなかった。
日本国憲法の特徴と歴史的意義
「国民主権と象徴天皇制」・「基本的人権」・「平和主義」・「天皇制軍国主義から戦後民主主義体制への転換」
アメリカの対日政策の転換 (ロイヤル陸軍長官の国防長官宛て覚書 「日本の限定的再軍備」 1948.5.18)
“日本の軍隊を創設し、再軍備を計画・準備しなければならない。新憲法を改正する必要がある。”
※ アメリカのこの方針は、日本における憲法改定の一貫した原動力になっている。
以上。