第21回よしかわ憲法サロン 5月学習会内容報告(報告:栗原明一)
・日時、場所:2016・5・21(土) 13:30~16:00 おあしす セミナールーム3
・日時、場所:2016・5・21(土) 13:30~16:00 おあしす セミナールーム3
・内容:「自民党の改憲草案」を考える!その① ・講師:清川久基さん
・講義内容
1.はじめに:清川氏のレポートは、『自民党改憲草案』の「前文」、「第1章天皇」、「第二章安全保障」について〝検証を試みる〟という内容であった。レポート冒頭にある「自民党の改憲案はたんなる夢物語ではなくなっている」という言葉に、同氏の改憲案に対する危機意識と警鐘が表現されている。
2.「前文」について:同氏によれば「改憲草案の前文」に改憲の〝本質〟が見てとれると言う。そこで、私なりに改憲案「前文」を要約してみた。
[(前文)日本国は・・・天皇を戴く国家・・・に・・・統治される。日本国民は・・・国と郷土を・・・自ら守り・・・国家を形成する。我々は国土・・・をまもりつつ・・・国を成長させる。日本国民は・・・国家を末永く・・・継承するため・・・憲法を制定する。]
前文の「国・国家」という文字をつなげて読んでみれば、自民党改憲案の〝本質〟、すなわちその狙いや目的が見えてくる。改憲案全体が目論んだものは、日本国憲法が最大の尊重をしてきた〝個人〟(第13条)の否定である。そして天皇を戴く〝国家〟の肯定、すなわち天皇を担ぐ人々による軍事的経済的国家支配にほかならない。天皇に近い順に人が威張り、利益を得ることができた戦前の天皇制国家への回帰を彷彿とさせる。
3.「第1章天皇」:改憲案第1条は「天皇は、日本国の元首であり・・・」で始まる。「象徴」がついに「元首」となった。日本国憲法の第1章が天皇の条項になっていることの矛盾と危険性を、清川氏が3月の学習会(「憲法9条と自衛隊」)で強調されていたが改めてその意味が理解できる。現憲法に記載されていることが根拠となって、自民党改憲草案に〝元首〟として登場するのである。国家の中心に天皇を置き、天皇に近い順に差別的序列をつくりだす。差別は必然的に国民の自由を奪い、支配する者たちの安全と繁栄を保障する。
「第3条日本国民は国旗及び国歌を尊重しなければならない」についてのコメントは同氏が自ら裁判闘争をしてきただけに説得力がある。このまま行けば、「国民一般に、処分を背景とする〝国旗・国歌〟の強制の時代がやってくると覚悟せざるを得ない」とは実感であろう。レポートに書かれた「戦後の教育現場における〝日の丸・君が代〟に関する経緯」等の資料の提示も、教育現場で抵抗してきた人間の貴重な〝証言〟といえる。
4.「第2章安全保障」:改憲案9条に関する清川氏の〝検証〟は「自民党解説文」を引用し、その矛盾を指摘し批判している。
改憲案9条は「・・・戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。」のあとすぐに「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」と言っている。私も清川氏が指摘するように、「この二つの文章はどう考えても矛盾していて両立しない」と思う。
5.おわりに:私は〝自衛権〟といえば武力の行使が許されるという考えは間違っていると確信している。個別的だろうが集団的だろうが武力で相手を殺す権利はお互いにない。
「それぞれの国土はそれぞれの国民にとってそれぞれに美しいことは、世界を広く深く知れば容易に理解できることである。」という清川氏の論理を私は支持する。自らにとって人権ならば相手にとってもまた人権である。人権は国籍や人種を問わない。人権は個人に備わるもので集団には備わらない。自衛権の発動とは誰にとっても人権侵害に他ならない。
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